大判例

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東京高等裁判所 昭和53年(ネ)1708号・昭53年(ネ)1709号・昭59年(ネ)139号 判決

加藤市太郎(以下「亡市太郎」という。)(明治三五年生)は、昭和四七年一月脳卒中で倒れ、その後は判断力を殆んど全く欠く寝たきりの状態となったが(この点は当事者間に争いがない。)、同人の妻被控訴人コウは、同人の実印及び登記済権利証を保管して、同人が所有する数万平方メートルにのぼる横浜市内の土地等の財産を、子である光雄及び被控訴人中西らに相談しながら管理し、昭和四七年中には五回にわたり合計約一二〇〇平方メートルの土地を代金合計約五三〇〇万円で、昭和四八年にも二五五平方メートルの土地を代金二〇八九万円で、いずれも亡市太郎名義で売却した。右売却処分については、その余の被控訴人ら及び光雄からなんら異議を唱えたことはなかった。<中略>

右のとおり、被控訴人コウの本件各契約の締結は無権代理行為といわざるをえないところ、その後まもなく、同被控訴人は亡市太郎の後見人に就職してその法定代理権を得たのではあるが、その権限取得を本件各契約締結時に遡及させることはできないことはもとよりである。また、禁治産制度は、禁治産者の財産保護のための制度であり、後見人の代理権も禁治産者の利益のために行使されるべきものであるから、単なる無権代理人が本人の後見人に就職したことにより、当然にその無権代理行為が追認されたとみなされるべきでもない。しかし、前記1の(一)で認定したとおり、被控訴人コウは亡市太郎が判断力を欠く状態となって以来、その実印及び登記済権利証を保管して財産を管理し、本件各契約締結以前にも亡市太郎名義でその所有土地の一部を数回にわたり代金合計七〇〇〇万円以上で売却処分していたのであるから、同被控訴人は亡市太郎の事実上の後見人たる立場にあったものというべく、右財産の管理、処分については亡市太郎の推定相続人であったその余の被控訴人及び光雄からなんらの異議も唱えられなかったのであり、しかも、前記1の認定事実から明らかなように本件各契約締結について被控訴人コウと亡市太郎との間には利益相反はなかったのである。このような事情がある本件については、被控訴人コウが亡市太郎の後見人に就職して法定代理人の資格を取得するに至った以上は、もはや、自己がした無権代理行為の追認を拒絶することは信義則上許されないものと解すべきである。したがって、本件各契約の効力は、被控訴人コウが亡市太郎の後見人に就職するとともに、同人のためにも生じたというべきである。

そして、被控訴人らは前記のとおり亡市太郎を相続したのであるから、本件各契約の効力が被控訴人らにも及ぶことは明らかである。

(森 小林 片岡)

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